検索ユーザーや求職者の間で度々話題にのぼるのが「日立製作所神奈川事業所の再編の真相」や「秦野事業所との違い」です。この疑問を解き明かすには、日立のコンピュータ事業の歴史的変遷を知る必要があります。
もともと神奈川県内には、ハードウェア製造・開発を担う秦野事業所(神奈川県秦野市)と、ソフトウェア開発やシステムインテグレーションの中核である横浜事業所(横浜市戸塚区)が存在していました。社内組織の改編に伴い、これら情報通信関連拠点が「神奈川事業所」として包括して呼ばれる時期や、事業部ごとの再編を経て名称が更新された経緯があります。
ハードウェアの汎用機時代からクラウド・分散コンピューティングへの移行期にかけて、日立は国内生産体制のスリム化と高付加価値化を推進しました。一部の量産ライン集約やグループ会社への移管が行われたことで「閉鎖や大幅縮小ではないか」という噂が先行しましたが、実際には設計開発・品質保証・高度ソリューション機能に特化させたリソース再配分こそが再編の実態です。