自社工場を持つ板金塗装の熟練工やコーティングマイスターを取材すると、異口同音に警鐘を鳴らすのが「塗りたて塗装への性急なコーティング塗布」です。事故修理による板金補修や、ボディ全体の美観を一新する全塗装を施した直後、「綺麗なうちにすぐ保護膜を被せたい」と考えるオーナーの心理は自然なものかもしれません。しかし、この施工順序の判断ミスこそが、数週間後に愛車を引き返しのつかない悲劇へと追い込みます。
自動車の補修塗装現場では、上塗りのクリア層を焼き付け乾燥させた後でも、塗膜の内部には微量の揮発性有機溶剤や水分が残留しています。通常これらは数週間から1ヶ月の時間をかけて大気中へと徐々に放出され、樹脂分子同士が緻密に結合する「架橋反応」を完結させます。ところが、この期間中に分子密度の非常に高い無機質の被膜を施工すると、塗装表面が完全に密閉されてしまうのです。
内部から逃げ場を失った残留ガスは塗膜界面に微細な気泡を生じさせ、結果としてガラスコーティング塗装剥がれや、塗装表面がすりガラスのように濁る現象を誘発します。板金塗装を依頼した業者とは別の量販店ですぐにコーティングを依頼したユーザーが、「施工後1ヶ月で表面が浮き上がってきた」と泣き寝入りするケースが各地で報告されているのはこのためです。
特に「全塗装+ガラスコーティング一括低価格」を謳う格安業者において、工程短縮のために十分な期間を置かずに全塗装コーティング同時施工を強行する事例には細心の警戒が必要です。プロフェッショナルが厳守する塗装後コーティング期間は、強制下地乾燥(熱線照射)を経た場合であっても乾燥環境下で最短2週間、自然乾燥基準では3週間から1ヶ月と定められています。塗装とコーティングは「ただ塗れば保護できる」関係ではなく、化学変化の時系列を理解して初めて成立する高度な多段工法なのです。