木嶋佳苗をモチーフとした創作物の中で、国内外で最も高い評価を獲得したのが柚木麻子氏の小説『BUTTER』(新潮文庫)です。作中に登場する容疑者・梶井真奈子は、結婚相談所を通じて複数の男性と交際し不審死に至らせたという設定や、豊かな肉体、料理への偏執的なこだわりなど、明らかに木嶋佳苗を直接のモデルに造型されています。
しかし、本人の書いた『礼讃』と柚木氏の『BUTTER』の間には、決定的な文学的構造の差異が存在します。『礼讃』が自己愛の肥大化と男性支配の道具としての「性愛と美食」を描いた閉じた世界であるのに対し、『BUTTER』は梶井真奈子という怪物を鏡にして、彼女を取材する女性記者や現代日本を生きる女性たちが囚われている「呪縛」を解き放つ連帯の物語として昇華されています。
世間が女性に求める「若さ」「痩せていること」「控えめな従順さ」という抑圧を、梶井はバターをたっぷり使った濃厚な料理を貪り食うことで平然と踏みにじります。この構造は日本国内にとどまらず、2020年代半ばにかけて英訳版などが刊行された欧米諸国でも「日本の有害なルッキズムとパターナリズムへの痛烈なカウンター」として絶賛され、女性作家による世界的な潮流と軌を一にする現象となりました。本人の毒々しい自慢話が、一流作家の手腕によって、社会構造を解剖する普遍的なエンターテインメントへと変貌を遂げたのです。