2人の歩みを紐解くうえで避けて通れないのが、1995年11月に世間を騒然とさせた「伝説の馴れ初め」と「圧倒的な収入格差」です。当時、田中美佐子はドラマや映画の主演を次々と務めるトップ女優であり、推定年収は1億円超とも報じられていました。一方の深沢邦之は、同じ事務所(劇団東俳・浅井企画の系譜)に所属する後輩であり、田中の「付き人兼ドライバー」を務めていた売れない若手芸人で、当時の月収はおよそ10万円程度でした。
出会いから交際への舵を切ったのは田中美佐子側でした。気配りができ、飾らない人柄の深沢に全幅の信頼を寄せていた田中は、周囲の反対を押し切る形で逆プロポーズ。結婚会見では「私がお金を稼いでいるから関係ない」という堂々たる姿勢を見せ、昭和から平成へと移り変わる芸能界において、ジェンダーロールを覆す先駆的なカップルとして称賛されました。
しかし、深沢邦之が背負ったプレッシャーは想像を絶するものでした。当時のテレビ特番や手記で語られたエピソードによると、深沢は「男のプライド」を保つため、「外食費や旅行代は必ず折半にする」「田中美佐子の夫という肩書に甘えない」といった過酷なマイルールを自身に課していたといいます。その後、Take2として「タモリのSuperボキャブラ天国」などで大ブレイクを果たしたものの、世間が貼った「格差婚」のレッテルは、深沢の心深くに長年拭いきれない緊張感を残し続けることとなりました。