本作に圧倒的なリアリティと説得力が宿っている理由は、これが創作ではなく米倉斉加年自身の実話である点にあります。米倉は1934年(昭和9年)、福岡県福岡市に生まれました。ヒロユキが命を落とした1945年当時、米倉は10歳から11歳という、多感な国民学校の児童でした。
1945年6月19日深夜に発生した「福岡大空襲」では、米軍のB29爆撃機220機以上が市街地に焼夷弾を投下し、死者1,000名以上、罹災者約6万人に達する壊滅的な打撃を与えました。米倉一家も戦火に追われ、生活基盤を根こそぎ奪われた中で、乳幼児のヒロユキを抱えて逃げ惑うこととなったのです。
当時の厚生統計や地方史の記録を紐解くと、1945年夏の乳児用粉ミルクの配給は遅配・欠配が常態化しており、中身も澱粉や大豆粉で極端にかさ増しされた質の低い代用品が横行していました。ヒロユキの命を奪った直接の原因は、単に「兄がミルクを一口飲んだこと」ではなく、社会インフラと食糧供給システムが完全に瓦解していた当時の戦争背景そのものにあったことが歴史的データからも実証されています。