「1+1=2の証明には700ページ(あるいは300ページ以上)必要だった」という言説は、ネット上の雑学として広く知られています。この伝説の舞台となったのが、英国の哲学者・数学者であるバートランド・ラッセルとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドが10年以上の歳月をかけて執筆した大著『プリンキピア・マテマティカ』(Whitehead and Russell, Principia Mathematica、邦題:『数学原理』)です。
では、実際に彼らは「1+1=2」のためだけに数百ページも計算を続けていたのでしょうか。文献の原典を紐解くと、驚くべき事実が浮かび上がります。
1910年に刊行された初版第1巻の379ページ(命題54.43)において、読者を脱力させる有名な一節が登場します。
“From this proposition it will follow, when arithmetical addition has been defined, that 1+1=2.”
(算術の加法が定義されたあかつきには、この命題から「1+1=2」が導かれることになる。)
この時点では、まだ証明そのものは完了していません。彼らは379ページもの紙幅を割いて、記号論理学の基礎文法、命題の結合、述語論理、そしてラッセルのパラドックスを回避するための極めて複雑な「型理論(タイプ理論)」をゼロから構築していました。つまり、人間が普段無意識に使っている「1とは何か」「数えるとはどういう行為か」という概念の定義だけに、第1巻の半分以上を費やしていたのです。
実際に加法(足し算)の厳密な定義が完了し、正式に「1+1=2」が完全に証明されるのは、1912年に発行された第2巻の86ページ(命題110.643)です。通算すれば確かに数百ページを優に超える規模であり、証明の末尾には「上記の命題は時として有用である」というイギリス特有の辛辣なユーモアが添えられています。