食物連鎖の頂点に君臨する巨大な象には、成熟後に命を脅かす天敵がほとんど存在しません。それにもかかわらず、なぜ彼らは70年前後で天寿を迎えるのか。その核心にあるのが、象の死因と歯の生え変わりという特異な生理学的システムです。
人間をはじめとする多くの哺乳類は、乳歯から永久歯へと下から上へ1回だけ生え変わる「垂直交換」を行います。しかし、象の歯は全く異なる進化を遂げました。奥から手前へとベルトコンベアのように押し出されて入れ替わる「水平萌出(水平交換)」という形式をとっています。
象の口腔内には、上下左右に1本ずつ、合計4本の巨大な臼歯が存在します。1日に100〜200kg以上もの草や木の枝、樹皮をすり潰すため、象の歯の摩耗は凄まじいスピードで進行します。擦り減った歯は自然と脱落し、後方から待機していた新しい歯が前へ移動してくる仕組みです。しかし、この生え変わりには厳密な限界が定められています。
象の臼歯が生え変わるのは、一生で最大6回(6組)までと生物学的に決まっています。最後の「第6臼歯」が生え揃うのは40歳前後。この最後の歯を使い切ってすり減ってしまったとき、象にはもう予備の歯が残されていません。
「ネット上では『歯が抜けた象は即座に餓死する』と単純化されがちですが、実態はもっと緩やかで過酷です」と動物園関係者は語ります。摩耗しきって平坦になった歯では、硬い植物繊維を細かくすり潰すことができなくなります。咀嚼不十分なまま飲み込まれた植物は消化吸収されず、次第に栄養失調へと陥ります。筋力が衰えて群れの移動についていけなくなり、最終的には体力を奪われて横たわり、命を落とす――これこそが、大自然において象が迎える「老衰」の正体です。