静岡県が頑なに工事協定の締結を拒んできた実質的な理由は、大きく分けて「水資源の保全」と「自然環境・残土対策」の2点に集約されます。
第一の壁である大井川水問題は、中流域・下流域の8市2町(約62万人)の飲料水、茶業や水稲などの農業用水、さらには駿河湾沿岸の工業地帯を支える産業用水に直結しています。大井川は過去の電源開発によって流量減少に苦しんできた歴史があり、地元住民の水に対する警戒心は極めて強固です。JR東海は「トンネル内に湧き出る水を全量ポンプアップして大井川に戻す」方針を示したものの、工事期間中の流出対策や突発的な断層破砕帯への遭遇時の対応において、長期間にわたり技術的な信頼を得ることができませんでした。
第二の難題が、リニア南アルプストンネル残土問題です。静岡工区(約10.7km)の掘削に伴い発生する約370万立方メートルにおよぶ膨大な掘削土を、急峻な山岳地帯である燕沢(つばくろさわ)付近などに仮置き・盛土する計画に対し、専門家からは「大雨や地震による深層崩壊時の土砂災害リスク」が指摘されました。標高2000m級の高山生態系を保護するユネスコエコパーク内での大規模開発という側面も、慎重姿勢を崩せなかった決定的な要因です。