藤田ニコルさんの実家を語る上で欠かせないのが、天国から地獄とも言える劇的な生い立ちの落差です。彼女は1998年、ニュージーランド・オークランドで誕生しました。父親はロシア人およびポーランド人の血を引く実業家であり、幼少期は現地でも屈指の高級住宅街に住み、敷地内に巨大なプライベートプールを備えた白亜の大豪邸で暮らしていました。「国際的に誰からも覚えてもらいやすいように」という願いを込め、「ニコル」と名付けられたエピソードは有名です。
しかし、このセレブ生活は長くは続きませんでした。彼女がわずか3歳の頃、両親の離婚が成立します。父親が家庭を去り、母・美湖さんは幼いニコルさんを連れて日本へ帰国。かつての華やかな生活から一転し、埼玉県戸田市のアパートで極貧の母子家庭生活が始まりました。
日本での生活は困窮を極めました。養育費の支払いが滞ったことも重なり、母・美湖さんは昼夜を問わず複数のパートやアルバイトを掛け持ち。テレビ番組の告白では「水道や電気が止まり、ろうそくの火で夜を明かした」「お風呂の水が出ず、公園の水を汲みに行った」という衝撃的な回想も明かされています。母親が再婚した際に誕生した5歳年下の弟・ひかるさんを含め、幼いニコルさんは家事や弟の面倒を見ながら、自らも家計を助けるためにモデルオーディションへと挑戦していきました。「実家はお金持ちだった」というネット上の噂は、このニュージーランド時代の記憶と、近年の成功後の実家プレゼントという2つの事実が混同された結果生じたものです。