函館いか踊り発祥の歴史は、1980年(昭和55年)にまで遡ります。当時の函館港まつりで踊られていた伝統的な「函館港唄」や「函館港おどり」は、優雅である反面、振り付けの難易度が高く、若者や観光客が気軽に参加しづらいという課題を抱えていました。「もっと市民誰もが即座に輪に入れる、テンポの良い踊りを作ろう」と立ち上がったのが、函館青年会議所(函館JC)の有志メンバーでした。
制作陣が目指したのは、洗練された芸術性ではなく「シンプルさと圧倒的な親しみやすさ」でした。考案された「いか踊り振り付け」は、両手を頭の上で合わせてイカの三角形のヒレ(エンペラ)を作り、足をリズミカルにピョンピョンと弾ませながら前進する極めて平易な構成。専門的な舞踊の稽古を一切受けていない子どもから高齢者、泥酔した大人まで、見た瞬間に真似できる設計が徹底されました。
同時に制作された「いか踊り歌詞」は、一度聴いたら忘れられないキャッチーなフレーズが連打されます。「イカ刺し 塩辛 イカソーメン」「酒の肴にゃ イカがいい」といった函館名物イカ料理をストレートに並べ立てた飾らない言葉選びは、昭和後期の港町が持っていた飾らない活気とユーモアをそのままパッケージしたものでした。当時の関係者記録によると、「最初はコミックソング的扱いを受け、伝統派からの反発もあった」とされていますが、1981年の函館港まつりで披露されるや否や爆発的な支持を獲得。わずか数年で街全体を揺るがす市民総踊りへと昇華しました。