発災直後、全国から被災地に集結した警察官や自衛隊員、そして医師たちを待ち受けていたのは、体育館や武道館に次々と運び込まれる無数の無言の犠牲者だった。警察庁の取りまとめによると、確認された遺体の9割近くが死因を水死とされたが、実際の現場では単なる浸水による溺死にとどまらない複雑な損壊が目立った。
膨大な遺体の検視にあたった法医学の専門家たちは、昼夜を問わず冷え切った遺体安置所で作業を続けた。東京都監察医務院の元院長であり、現地に入った法医学者の佐藤喜宣氏ら多くの専門家は、津波の強烈な物理的衝撃が身体に及ぼした凄惨な影響を証言している。津波に含まれた泥砂や瓦礫の衝突による損傷は激しく、目視での個人識別を極めて困難にした。
被災自治体の行政機能が停止するなか、遺体票の作成や所持品の整理、指紋採取の手順は混乱を極めた。それでも、一人でも多くの犠牲者を家族のもとへ帰すという執念のもと、検視官と医師たちは終わりのない作業に向き合い続けた。