日本の長距離界には、伝統的に企業所属の「実業団チーム」で手厚いサポートを受けながら走るシステムが根付いていた。給与と練習環境が保証される反面、個人の主導権や自由なレース選択には一定の制限がつく。大迫はその安全網を早い段階で手放した。
ナイキ・オレゴン・プロジェクトへの参加、世界最強のランナーたちとの日常的なトレーニング。周囲から「暴挙」とすら囁かれた決断は、結果として日本マラソン界のクロックを数年単位で進めることになった。安定を捨てることでしか手に入らない鋭利な強さがあることを、彼は己の走りで証明したのだ。