時計の針を巻き戻すと、日高氏を襲った悲劇は2017年10月19日夕方に発生しました。千葉県船橋市の市道において、通行人から「自転車とともに男性が倒れている」と119番通報が入ったことが発端です。倒れていた男性こそが、当時二所ノ関部屋を率いていた二所ノ関親方(元大関・若島津)でした。 当時の報道各社の取材や警察の発表によると、親方は市内のサウナ施設から宿舎へ自転車で戻る途中にバランスを崩して転倒したと見られています。事件性はなく、不運な単独事故でした。しかし、受けた衝撃は凄まじく、頭部を強く路面に強打したことで急性硬膜下血腫および脳挫傷と診断され、救急搬送された病院で直ちに約4時間半から5時間に及ぶ緊急開頭手術が行われました。 一時は意識不明の重体に陥り、人工呼吸器を装着した状態で集中治療室(ICU)での治療が続けられるなど、生命すら危ぶまれる危機的状況でした。しかし、強靭な心肺機能と元力士ならではの基礎体力が功を奏し、事故から数日後に奇跡的に意識を回復。その後、病状の安定を待ってリハビリテーション専門の医療機関へと転院しました。 元大関若島津の脳挫傷と後遺症との闘いは、そこからが本当の始まりでした。左半身の麻痺や発語のしづらさといった高次脳機能障害のリスクを最小限に抑えるため、嚥下訓練から発声、歩行訓練に至るまで、毎日数時間におよぶリハビリプログラムを愚直にこなしていきました。当時を振り返る相撲部屋関係者は「弱音を一切吐かず、担当理学療法士の指導に真摯に向き合う姿は、かつて過酷な稽古に耐え抜いた大関そのものだった」と証言しています。
若島津の現在2026|倒れた事故から定年退職、高田みづえと歩む今
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