なぜこの事件は10年もの長きにわたり解決しなかったのか。その背景には、当時の法整備の遅れと警察組織のサイバー空間に対する圧倒的な認識不足がありました。
被害が激化した当初、菊池氏は身の危険を感じて警察署へ相談に訪れました。しかし、窓口の担当刑事から返ってきたのは耳を疑う言葉でした。「ネットの書き込みくらいで死にはしない」「有名人なら悪口を書かれるのは仕方がない」「芸人を辞めればいいのではないか」と、まともに被害届すら受理されない門前払いが続いたのです。公的機関に助けを求めても拒絶されるという二重の絶望は、自著でも生々しく語られています。
風向きが変わったのは2008年のことでした。ブログを開設した直後から、わずか数か月で数千件を超える殺害予告や中傷コメントが殺到。ついに警視庁中野警察署のサイバー犯罪対策担当の捜査員が事態の深刻さを重く受け止め、本格的な捜査に乗り出しました。菊池氏自身も書き込みの日時、IPアドレス、URL、プロバイダ情報などを数千ページにわたって几帳面に印刷・ファイリングし、決定的な証拠群として提出しました。
その結果、2009年2月から3月にかけて、警察は悪質性の高かった男女19名を名誉毀損容疑で一斉に書類送検するという異例の強制捜査に踏み切りました。ネットの誹謗中傷でこれほど大規模な立件が行われたのは日本司法史上初の出来事であり、社会に巨大な衝撃を与えました。