1975年4月、日本中が息をのむ大事件が起きます。人気が最高潮に達していた19歳の郷ひろみが、ジャニーズ事務所からの脱退・退所を発表したのです。誰もが予想し得なかったこの電撃退所の背景には、表現者としての強い葛藤と将来へのビジョンがありました。
当時、ジャニーズ事務所が提示していたのは「永遠の愛らしい少年アイドル」としてのパッケージでした。しかし、本人は年齢を重ねるにつれて、歌唱力やダンスの技術を根本から磨き直し、一人の息の長い本格派エンターテイナーとして自立したいという強い渇望を抱くようになります。
さらに当時のジャニーズ事務所は、現在のような巨大企業ではなく、アットホームな家族的マネジメント体制でした。急激に巨大化する郷ひろみという特大スターの活動規模や、海外志向・音楽的探求に対応しきれなくなっていたことも、移籍を決断した決定的な理由とされています。本人のみならず家族も含めて将来のキャリアを見据えた末の、「自立のためのステップアップ」だったのです。