須崎市のご当地ラーメンとして名高い鍋焼きラーメンのルーツは、戦後間もない昭和20年代にさかのぼります。発祥の地となったのは、当時の須崎市新町にあった大衆食堂「谷口食堂」。店主の谷口兵六氏が「出前をしても冷めないラーメンを提供したい」という思いから、保温性の高いホーロー鍋や土鍋を使って配達したことがすべての始まりでした。
谷口食堂が惜しまれつつ閉店したのち、その味に惚れ込んだ常連客や市内飲食店が独自の工夫を凝らしながら継承。須崎商工会議所と地元有志が立ち上げた「須崎名物『鍋焼きラーメン』プロジェクト(鍋RUN project)」によってブランド化が進み、現在では以下の厳格な7箇条の定義が定められています。
これらのルールを忠実に守りつつ、店ごとの個性的なアレンジが加えられることで、須崎市内には30店舗以上の提供店がひしめく一大カルチャーが形成されました。