現役引退後、曙は日本相撲協会に残り「曙親方」として東関部屋で後進の指導にあたっていました。しかし2003年11月、突如として日本相撲協会に退職届を提出し、民間格闘技興行「K-1」への電撃参戦を発表します。このニュースは日本中に激震を走らせました。
大相撲の元横綱が格闘技のリングに立つ前代未聞の事態。その背景には、年寄名跡の取得問題や、部屋独立を巡る資金調達の難航、さらには巨額の金銭トラブルや保証人問題があったと報じられています。どんな泥を被ってでも家族を守り、自身の力で生活を切り拓くという、彼なりの不退転の覚悟による選択でした。
2003年大晦日のボブ・サップ戦ではKO負けを喫し、世間から厳しい批判や揶揄を浴びることもありました。しかしその後、曙はプロレスのリングに本格参戦。全日本プロレスで三冠ヘビー級王座を獲得するなど、プロレスラーとして驚異的な適応力とプロ意識を見せ、興行界で確固たるリスペクトを勝ち取りました。
しかし、過酷な闘いは彼の体をさらに摩耗させました。2017年4月、北九州でのプロレス巡業中に急性心不全を発症して救急搬送され、一時は心肺停止状態に陥ります。奇跡的に一命を取り留めたものの、重度の低酸素脳症によって記憶障害と言語障害が残り、車椅子での過酷なリハビリ生活を余儀なくされました。愛妻をはじめとする家族の献身的な支えのもとで闘病を続けていましたが、2026年4月6日、心不全のため54歳で息を引き取りました。