彩華ラーメン万場店がオープンしたのは、まだ名古屋市内に「ご当地スタミナ系」というジャンルが広く浸透しきっていなかった時代でした。奈良県天理市で昭和43年(1968年)に屋台から発祥した彩華ラーメンは、白菜、豚肉、ニラ、ニンジンをラードで炒め、秘伝の醤油ダレとニンニク、ラージャンを合わせたパンチの効いたスープが特徴です。名古屋市中川区の万場大橋東側に位置した万場店は、その圧倒的な中毒性で瞬く間にドライバーや深夜帯の若者、ラーメンフリークの胃袋を掴みました。
ピーク時には週末の深夜2時を過ぎても駐車場が満車となり、店外まで20〜30人の行列ができるほどの超繁盛店でした。それにもかかわらず、なぜ突然の閉店に至ったのでしょうか。関係者の証言や当時の飲食業界動向を精査すると、単一の経営悪化ではなく、複数の構造的要因が重なった必然の幕引きであったことが浮かび上がります。
最大の要因として挙げられるのが、建物の老朽化と借地・テナント契約の更新タイミングです。万場店の建物は昭和後期のロードサイド店舗特有の構造で、油煙や水回りの経年劣化が著しく進んでいました。大規模改修には数千万円規模の設備投資が必要となる試算があった中、フランチャイズ(FC)契約の更新時期が重なったとされています。
さらに、当時の飲食業界全体を襲い始めた深夜帯の人手不足と原材料費・光熱費の高騰が追い打ちをかけました。彩華ラーメン特有の「大量の国産白菜を高火力の中華鍋で一気に炒め上げる」という重労働なオペレーションを維持できる熟練の焼き手を確保することが困難になり、採算性と労働環境のバランスを維持することが限界に達した結果、惜しまれつつ暖簾を下ろす決断が下されました。