近代日本の民俗学を切り拓いた巨頭たちの視線もまた、この風習の背景にある共同体構造へと注がれていた。日本民俗学の祖とされる柳田國男は、都市化と近代化の波によって急速に失われつつあった各地の民間伝承を記録するなかで、地方ごとの婚姻形態の多様性に光を当てた。
一方で、自らの足で全国の離島や山村を歩き尽くした宮本常一の研究は、さらに泥臭く生々しい民衆の生き様を捉えていた。宮本は『忘れられた日本人』をはじめとする著書の中で、若者組(若者宿)が果たしていた教育的・自警的な機能と、その管理下で行われていた男女の交際秩序を仔細に記述している。二人の巨人の仕事は、歪められた偏見を削ぎ落とし、市井の暮らしに息づく規律を白日のもとに晒す作業でもあった。