天才の誕生には、往々にして理解ある伴走者の存在が欠かせない。さかなクンの場合、それは実の母親だった。
少年時代の宮澤正之は、最初から魚一筋だったわけではない。きっかけは近所の友人が描いたタコだった。タコの奇妙な生態に心を奪われた彼は、毎日のようにタコばかりを描き、食卓にタコ料理をリクエストしたという。普通の家庭であれば「他の勉強もしなさい」「偏食はやめなさい」と叱責されかねない場面だ。しかし、彼の母親は違った。スーパーから毎日のように丸ごとのタコを買い与え、息子の探求心を一切否定しなかった。
やがて興味の対象がタコから魚全般へと広がった後も、母のスタンスは揺るがなかった。学校の成績が振るわなくても、魚の絵を描き続ける息子を信じ、その才能をどこまでも肯定し続けた。この無条件の肯定感こそが、後の「テレビチャンピオン」での5連覇、そして「さかなクン」という不世出のアイコンを誕生させる土台となった。