1990年夏の公開当時、社会現象を巻き起こした桑田佳祐監督作品『稲村ジェーン』。映画ファンや音楽ファンの間で長年囁かれていたのが、「なぜこれほどの大ヒット作がDVD化もされず、半ば封印状態になっていたのか」という謎です。
ネット上では長年、「出演者のトラブルによるお蔵入り」「巨額の音楽著作権を巡る利害関係の対立」といった信憑性に欠ける憶測が飛び交っていました。しかし、配給元の東宝や制作関係者の公式な言及、そして桑田佳祐自身がのちにラジオ番組や音楽誌のインタビューで振り返った述懐を照らし合わせると、稲村ジェーン 封印 理由の核心はまったく別の場所にありました。
最大の要因は、桑田佳祐本人が抱いていた「映画監督としての強烈なコンプレックスと自省」にあります。もともと本作において、桑田は音楽監督のみを担当する予定でした。ところが、映画制作の過程で監督不在のアクシデントが生じ、急遽周囲に推される形で自らメガホンを取る事態に発展したという経緯があります。映画の専門的な演出技法や文法を体系的に学んでいなかった桑田は、公開後の激しい批評の嵐に直面し、自身の表現に対して極めて慎重な姿勢を取るようになりました。
さらに技術的な問題も横たわっていました。1990年当時の撮影ネガフィルムや音源マスターは、時代の変遷とともに劣化が進んでいました。桑田佳祐という完全主義のアーティストにとって、音響や画質を現代のデジタル水準に引き上げられないまま安易に再リリースすることは到底受け入れがたい選択だったのです。
この膠着状態が打破されたのが、サザンオールスターズのデビュー43周年を迎えた2021年6月25日でした。原版ネガから1フレームずつデジタルリマスターを施し、桑田自らが監修して最新の音響技術でリミックスを施したことで、ついに稲村ジェーン DVD Blu-ray 解禁が正式に実現したのです。30余年の沈黙は、作品の価値を極限まで磨き上げるための「必然の冷却期間」だったと言えます。