Winkが1996年に活動停止を発表した際、メディアや週刊誌はこぞって「ふたりの間に決定的な亀裂が入った」「楽屋で一言も口を利かない冷戦状態」と書き立てました。しかし、現場の記録や本人たちの率直な告白を丹念に追っていくと、流布された不仲説がいかに表面的な憶測であったかが分かります。
当時、ふたりが現場で会話を交わさなかったのは事実です。ただし、それは険悪だったからではなく、互いの精神的な防衛措置でした。一日中過密な現場を共にし、プライベートの時間すら奪われていた状況において、内向的な性格のふたりは「静寂を保つことでお互いのエネルギーを温存していた」と後年述懐しています。相田翔子自身も手記のなかで「早智子とは言葉を交わさなくても通じ合える空気感があった。余計な気を使わないでいられる特別な相棒だった」と明言しています。
では、なぜ1996年というタイミングで活動停止に至ったのか。その本質は次の2点に集約されます。
第一に、心身の限界です。デビュー以来、休みなく稼働し続けたことで、アーティストとしてのクリエイティビティや意欲が枯渇していました。相田は当時、作詞・作曲など自身の音楽的アイデンティティを深めたいという欲求を抱いており、既定のデュオイメージの枠内で歌い続けることに葛藤を抱えていました。
第二に、1990年代半ばの音楽シーンの構造変動です。小室哲哉プロデュースに代表されるデジタルダンスミュージックの爆発的普及や、自作自演を行うシンガーソングライター・バンドブームの台頭により、80年代末のユーロビート歌謡を軸としたWinkの音楽的ポジショニングは大きな転換を迫られていました。セールスの漸減を迎えるなかで、デュオの歴史を泥沼化させる前に「最も美しい形のまま停止させる」という選択を、事務所とメンバー双方が下したのが真実です。