味わいの体験は、時に文学や芸術の領域にまで深く踏み込む。
20世紀文学の最高峰とされるマルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』において、紅茶に浸したマドレーヌの香りが主人公の幼少期の記憶を鮮明に呼び覚ます場面はあまりにも有名だ。この五感から記憶が蘇る心理現象は、今や「プルースト現象」として学術的にも知られる。素朴な全卵とレモンの香りが持つ強いノスタルジーは、時代を超えて人の心に直接語りかける。
一方で、現代の製菓界を牽引する名匠ピエール・エルメをはじめとするトップパティシエたちは、これら古典菓子に現代的な解釈を加え続けている。焦がしバターの加熱温度をわずか1度単位でコントロールし、単一品種のアーモンドの選定やシトラスの精油の配合を見直すことで、伝統をモダンアートの域へと昇華させているのだ。