多くのファンが疑問を抱き続けたのが、「なぜ人気絶頂の段階で3人が辞めなければならなかったのか」という点です。公式発表資料および関係各所の報道を照合すると、表面的な言葉の奥にある構造的な要因が浮かび上がってきます。
公式発表で最も強調された理由は、「海外進出の意向」に対するスタンスとスピード感の乖離でした。結成当初から故ジャニー喜多川氏から「世界を目指すグループになりなさい」と薫陶を受けていたメンバーたち。平野紫耀さんは当時のファンクラブ動画内で「自分の年齢と向き合ったときに、海外で活動できるグループを目指すのはもう遅いと感じ、目標を失ってしまった」と吐露しました。
20代半ばを迎え、グローバルな音楽市場で勝負を仕掛けるには一刻の猶予もないという焦燥感が平野さんたちにはありました。一方、日本国内でのテレビ番組出演やスタジアム級のツアー、地上波ドラマの主演オファーを最優先し、堅実な国内市場の維持を重んじる旧事務所上層部の戦略。この両者の溝は、協議を重ねるほどに修復不可能なレベルまで拡大していきました。
さらに、旧ジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子前社長への単独インタビューや告白本の出版により、分裂の裏側が一段と具体化しました。経営トップとの面談を求めたメンバー側の要請が度重なりながらも実現に至らず、「対話の決定的な断絶」が生じていた実態が関係者の証言からも明らかになっています。事務所の権力構造とタレント個人のキャリア志向の不一致こそが、キンプリ分裂の決定的な真相でした。