活況を呈した路線がなぜ終焉を迎えたのか。最大の阪和貨物線 廃線理由は、昭和後期から平成にかけて起きた産業構造の変化と貨物輸送の「モーダルシフト(トラック輸送への転換)」です。
大阪臨海部の工業地帯再編に伴い貨物取扱量が急速に落ち込み、定期貨物列車の運行本数は激減。末期にはレールや枕木、架線の維持管理コスト(保線費用)が運行収益を大幅に上回る状態に陥りました。2004年に列車の運行が休止され、その後JR西日本は設備更新の負担などを総合的に勘案して事業継続を断念。2009年(平成21年)3月31日付で国土交通省へ廃止届が提出され、半世紀を超える鉄路の歴史に正式な幕が下ろされました。