Daigoは誰の孫?祖父・竹下登との絆と華麗なる家系図の真相

Daigoは誰の孫?祖父・竹下登との絆と華麗なる家系図の真相

Daigoは誰の孫?祖父・竹下登との絆と華麗なる家系図の真相についての疑問解決ガイドを徹底解説します。

大物政治家の孫として生まれたDAIGOですが、その少年期は決して贅沢三昧で傲慢に育ったわけではありませんでした。彼がテレビ番組や回顧録で語る実家やお小遣いにまつわるエピソードには、独特の庶民感覚と名家ならではのギャップが同居しています。

幼少期、世田谷区代沢にあった祖父の邸宅には、各界の大物政治家や財界人が頻繁に出入りしていました。正月になれば政治家たちが挨拶に訪れ、幼いDAIGOにもお年玉が手渡されましたが、その額面があまりに高額であったため、両親によって即座に管理口座へと回収されていたといいます。また、自宅の庭には立派な日本庭園があり、祖父の書斎には各国の首脳から贈られた記念品が並んでいましたが、DAIGO自身はファミコンゲームや当時流行していたロック音楽に夢中な、ごく普通の少年として育ちました。

そんな彼にとって最大の試練となったのが、1989年の「消費税導入」でした。当時、小学校高学年だったDAIGOは、学校の同級生から「お前のじいちゃんのせいで消費税が取られるようになった」「遠足のおやつ代300円で買えるお菓子が減った」などとなじられた経験を持っています。傷ついて帰宅した孫に対し、竹下登元首相は感情的に言い訳をすることなく、「国の将来のために誰かがやらなければならなかったんだ。悪者になってでも必要な決断だった」と静かに説いたといいます。この時の「嫌われ役を引き受けてでも公のために尽くす」という祖父の矜持は、DAIGOの人間形成に決定的な影響を与えました。

2000年に竹下登氏が76歳で病没した際、DAIGOはまだ芽の出ないインディーズのロックミュージシャンでした。当時「DAIGO☆STARDUST」として宇宙から舞い降りたロックスターという奇抜な設定でデビューしたものの、セールスは低迷。祖父の名前を隠し続けていたDAIGOですが、事務所の契約解除やバンドの解散危機に直面した際、周囲の助言を受けて「竹下登の孫」であることを公表する覚悟を決めます。祖父の威光を利用することへの葛藤を抱えながらも、「おじいちゃんの名に恥じないエンターテイナーになる」という強い覚悟が、後の大ブレイクを引き寄せる契機となりました。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。