そもそも、食べても食べなくてもよいとされる葉を、職人たちはなぜ手間暇をかけて一枚ずつ巻き続けているのでしょうか。そこには先人たちが培った、単なる飾りにとどまらない高度な食品科学と保存の知恵が存在します。
第1の理由は「独特の芳香(桜の香り)の付与」です。生の桜の葉をちぎっても、あの独特の桜餅の香りはほとんど立ち上りません。葉を塩漬けにして細胞を破壊することで、配糖体として閉じ込められていた成分が酵素と反応し、芳醇な芳香物質へと変化します。この香りを餅と餡に移すことが最大の役目です。
第2の理由は「餅生地の乾燥・硬化防止」です。冷蔵設備やポリラップが存在しなかった江戸時代、小麦粉を焼いた生地や蒸したもち米は、外気に触れると数時間でパサつき、硬化してしまいます。湿り気を含んだ塩漬けの葉で密閉するように包み込むことで、天然の保湿フィルムとして作りたての瑞々しさを維持させています。
第3の理由は「甘味を引き立てる味覚の対比効果」です。塩漬けの葉に含まれる塩分が餅に移ることで、小豆餡の糖度が引き立ち、味に奥行きが生まれます。スイカに微量の食塩を振ると甘みが強く感じられるのと全く同じ生理現象を、和菓子職人は見事に計算しています。
第4の理由は「優れた抗菌・防腐作用」です。塩分そのものの浸透圧に加え、後述する香り成分には菌の繁殖を抑える働きがあります。気温が上がり始める春先において、保存料を一切使わずに生菓子を傷みから守るための、極めて理にかなった生活防衛策でした。