野生下におけるエゾヒグマの生涯を追跡調査したフィールド研究報告によれば、野生グマが直面する最大の淘汰圧は、誕生直後の最初の1年間に集中しています。冬眠中の穴の中で母グマから産み落とされる子グマは、体重わずか300〜400グラム前後という信じられないほど未熟な状態で生まれます。春に穴から出た後、生後1年未満のヒグマ幼獣生存率は約50%にまで落ち込みます。
幼獣の死亡原因として最も残酷な現実が、成熟したオス成獣による「子殺し(インファンティサイド)」です。繁殖期を迎えたオスグマは、子育て中のメスを発情させるために、他個体の子グマを容赦なく襲撃して殺害します。知床半島などで長期観察を続ける野生動物写真家や生態研究者の手記には、「母グマが決死の威嚇でオスに対峙するものの、体格差で圧倒され、目の前で我が子を奪われる凄惨な光景」が度々記録されています。厳しい春の訪れとともに、半数の命が成獣になる前に消え去るのです。
無事に成獣となった後も、オスメスの寿命の違いが顕著に現れます。オスは自己の遺伝子を広げるため広大な縄張りを徘徊し、他オスとの激しい流血の抗争を繰り返します。傷口の感染症やエネルギーの過度な消耗に加え、行動圏が広がることで人間の生活圏や道路に迷い込み、結果としてオスの方が短命(多くが15年前後で死亡)となります。対照的に、一度出産を終えて定住的なテリトリーを持つメスは、無用な戦闘を避ける知恵を身につけ、20年以上の長寿を保つ個体が確認されています。
さらに晩秋から冬にかけて襲いかかるのが、冬眠中の餓死リスクです。ドングリ(ミズナラ等)の凶作年に直面すると、ヒグマは越冬に必要な脂肪皮下層を十分に形成できません。冬眠穴に入ったものの体脂肪が底をつき、そのまま衰弱死するか、飢えに耐えかねて厳冬期の12月〜1月に穴を出て彷徨う「穴持たず」と化します。極寒の雪山でエサを見つけることは不可能に近く、その多くは力尽きて凍死するか、里山へ降りて人為的駆除の対象となって命を落とします。