1990年代後半、日本が初めてワールドカップの門を叩いたフランス大会で「10番」を背負ったのは名波浩だった。ピッチ全体を見渡す視野と、正確無比な左足のパスで攻撃のタクトを振るった司令塔。彼が魅せたエレガントなゲームメイクは、世界基準へ挑む日本のアイデンティティそのものだった。
その偉大なるレフティのバトンを受け継いだのが中村俊輔である。スコットランドのセルティックで見せた伝説的なフリーキックは、今なお欧州のファンに語り継がれる。しかし、代表での歩みは決して順風満帆ではなかった。2002年の日韓大会落選という衝撃の挫折から這い上がり、2006年のドイツ大会では発熱を押してピッチに立ち続けた。劇的なロングシュートでスタジアムを沸かせる一方、勝利を掴みきれない苦悩。光と影が交錯する彼のサッカー人生は、エースが背負う十字架の重さを物語っていた。