彼の独創的なクリエイティビティをメジャーのフィールドで後押ししたのが、「エピックレコードジャパン」および「ソニー・ミュージックエンタテインメント」という強固なプラットフォームだ。80年代の同レーベルはエッジの効いた才能を次々と世に送り出していたが、その中でも彼の存在感は異彩を放っていた。
セルフプロデュースの追求や映像コンテンツへの早い段階での着手など、レーベル側の深い理解とバックアップがあったからこそ先進的な試みが結実した。音楽業界のビジネスモデルが変容する中でも、クオリティを妥協せず独自の表現を守り抜いた足跡は、多くのアーティストにインスピレーションを与えている。