華やかな家系図に守られながらも、緒方貞子氏の真骨頂は「現場主義」の実践にあった。1991年に日本人初、かつ女性初の第8代国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)高等弁務官に就任すると、防弾チョッキを着用してバルカン半島やアフリカの紛争地域へと直接足を運んだ。
それまでの国連の枠組みにとらわれず、国内避難民(IDP)の支援や米軍との連携による人道支援など、前例のない革新的な決断を次々と下した。UNHCR退任後も、独立行政法人国際協力機構(JICA)の理事長に就任。「人間の安全保障」という理念を掲げ、人道支援・国際協力業界の発展に決定的な影響を与えた。権威を鼻にかけず、目の前の命を救うために行動した姿は、まさに名門の血統を超えた人間的偉大さの証明である。