映画『千と千尋の神隠し』を見直した後に道後温泉本館の前に立つと、単なる外観の類似にとどまらない、空間演出の深い共鳴に気付かされます。千と千尋の神隠し聖地巡礼においてファンが最も息を呑むポイントは、建築の細部に宿る共通の記号です。
最大の特徴は、明治27年(1894年)に道後湯之町初代町長・伊佐庭如矢(いさにわゆきや)と棟梁・坂本又八郎によって建てられた「神の湯本館」をはじめとする木造三層楼の威容です。城郭や寺社仏閣の様式を取り入れつつ、西洋のトラス構造などを巧みに融合させた近代和風建築の頂点であり、複雑怪奇に入り組んだ屋根の重なりは、油屋のそびえ立つ天守のようなシルエットと生き写しです。
細部に目を向けると、決定的な共通項がいくつも浮き彫りになります。
- 振鷺閣(しんろかく)と湯婆婆の部屋:本館最上層に位置する望楼「振鷺閣」。朱塗りの壁と赤いギヤマン(ガラス)が嵌め込まれたこの空間は、朝夕に打ち鳴らされる「刻太鼓」の響きとともに、街を見下ろす神秘的なシンボルです。これは油屋の最上階で湯婆婆が陣取る豪奢な執務室の窓辺を想起させずにはいられません。
- 立体迷路の館内構造:本館の内部は「神の湯」「霊の湯(たまのゆ)」へ向かう階段や渡り廊下が複雑に交差し、一度足を踏み入れると方向感覚を失う迷宮構造になっています。従業員が狭い階段を駆け上がり、神々が気ままに廊下を行き交う油屋の内部導線は、この本館の構造的カオスが色濃く反映されています。
- 湯殿の造形と湯釜:劇中で大根の神様「おしら様」やヘドロにまみれた「川の神」が身を沈めた石造りの浴槽。道後温泉本館の「神の湯」中央に鎮座する巨大な円形湯釜と砥部焼の陶板壁画は、まさに神話的な湯治場の原風景そのものです。