旅程を組む際、Googleマップや予約アプリで「熱海 東横イン」と検索して戸惑った経験を持つ方は少なくありません。かつてネットの掲示板や知恵袋などでは、「東横イン熱海ない理由とは何か」「東横イン熱海駅前オープン予定の噂はガセネタなのか」といった議論が幾度となく交わされてきました。全国350店舗以上を展開する東横インが、首都圏屈指のドル箱観光地である熱海駅前に長年不在だったこと自体が、旅行業界関係者の間でも一種のミステリーとして語られていたためです。
ホテル開発の現場関係者や不動産コンサルタントの証言を総合すると、東横インが熱海へ容易に進出できなかった背景には、熱海ならではの極めて特殊な3つの構造的障壁が存在していました。
第1に「平坦な開発用地の絶対的不足と地価の高騰」です。熱海は海と山に挟まれたすり鉢状のすり鉢地形であり、駅前周辺の平地は限られています。大型バスや立体駐車場を備えた標準的なビジネスホテルを建設できるまとまった土地の出物は極めて稀で、坪単価もリゾートバブル期並みに高騰していたため、採算ラインをクリアする土地取得が困難を極めました。
第2に「温泉街特有の自主規制と景観保護のハードル」です。伝統ある熱海温泉の旅館組合や地域社会では、低価格チェーンの大量進出による宿泊単価の下落や地域ブランドの毀損を警戒する声が根強くありました。自治体側の景観条例や高さ制限のクリアを含め、地元調整に膨大な時間を要したのが実情です。
第3に「温泉供給インフラの制約」が挙げられます。熱海で宿泊施設を名乗る以上、源泉の権利(湯望)を取得するか否かの判断が迫られます。全室ユニットバスで合理的な均一サービスを旨とするビジネスホテルモデルと、温泉リゾートのインフラ維持コストとの間で、事業モデルの着地点を見出すのに時間を要しました。
そうした幾重の壁を乗り越え、ついに誕生した「東横INN熱海駅前」は、従来の「1泊2食付き・数万円が当たり前」だった熱海の宿泊エコシステムに強烈な風穴を開けることになりました。