1987年に中嶋悟が日本人初のフル参戦を果たして以来、鈴木亜久里の表彰台、佐藤琢磨のインディ500制覇とF1での激走、小林可夢偉が鈴鹿で見せた伝説的な3位表彰台など、日本人のモータースポーツ史は挑戦と挫折の繰り返しだった。かつては言葉の壁やヨーロッパ独特の政治的駆け引きに翻弄されるケースも少なくなかった。
しかし、現在の世代は十代前半から欧州のカート選手権やF4に単身で飛び込み、現地のドライバーと同じ目線でバトルを重ねてきた。文化的な壁を物ともせず、英語やイタリア語でチームを意のままに動かすコミュニケーション能力は、過去の先人たちが血の滲む思いで切り開いてきた道の上に咲いた大輪の花だ。