ルーマニアの伝統衣装における絶対的な主役が、女性用ブラウス「イーエ(Ia)」です。麻や綿、シルクの手織り生地(ピンザ)をベースに、首元や袖口に細かいギャザーを寄せ、肩から手首にかけて壮麗な手刺繍を施す構造を持っています。この衣服はダキア人(古代ルーマニアの先住民族)の衣服に起源を持つとされ、ローマ帝国時代のトラヤヌス帝記念柱に描かれた女性の衣装とも驚くほどの類似性を示しています。
近代以降、このルーマニア刺繍ブラウスは西洋芸術界に絶大な衝撃を与えてきました。画家アンリ・マティスが1940年に描いた名作『ルーマニアのブラウス(La Blouse Roumaine)』をはじめ、イヴ・サンローランが1981年秋冬コレクションで発表したオマージュ作品など、数々の一流クリエイターのインスピレーション源となってきた背景があります。
共産主義時代には規格化と工場生産の波に押され、手刺繍技術の衰退が危惧された時期もありました。しかし現在では、毎年6月24日の「国際イーエの日(Ziua Universală a Iei)」を中心に、民族のアイデンティティとサステナブルな手仕事の象徴として国内外で力強く復興しています。