近年の韓国スイーツ市場を語る上で欠かせないのが、伝統韓菓(ハングァ)である「薬果(약과 / ヤックァ)」の劇的な復権です。元来、高麗時代から伝わる薬果は、貴重な蜂蜜やごま油を使用することから「薬になるお菓子」として珍重され、長らく冠婚葬祭や旧正月(ソルラル)、秋夕(チュソク)の祭壇に捧げる儀礼的な食品という位置づけに留まっていました。
しかし、2020年代初頭から始まった「ハルメニアル(おばあちゃん世代のレトロな嗜好を好むミレニアル世代)」現象を契機に、状況は一変しました。名門とされる老舗韓菓店の薬果を手に入れるため、若者がオンラインの販売開始と同時にアクセスを集中させる「ヤックェッティング(薬果+チケッティング)」と呼ばれる社会現象まで巻き起こったのです。
現在、薬果は単なる懐古趣味を超え、洋菓子とのハイブリッドスイーツとして完全に定着しました。小麦粉の生地をごま油で丁寧に練り上げ、幾重にも層を作って低温の油でじっくり揚げた後、生姜とシナモンを効かせた水飴や蜂蜜のシロップ(チョ庁)に数日間漬け込むという伝統製法はそのままに、クッキー生地の上に丸ごと薬果を乗せた「薬果クッキー」や、クリームチーズを挟んだ「薬果サンド」など、多角的な進化を遂げています。
現地パティシエの記録や開発者の手記を辿ると、「薬果特有のチュードゥク(꾸덕 / 密度の高いもっちり・ねっとり感)とした食感は、バターを中心とする西洋菓子の油脂構造では再現できない唯一無二の魅力である」と語られています。伝統の文脈を現代のインスタグラマブルなビジュアルへと昇華させたこのムーブメントは、文化の継承と消費トレンドの見事な融合例と言えます。