スプラッター(splatter)の原義は、英語の擬音語・動詞で「水や泥、液体がピシャピシャと音を立てて激しく跳ね散る」状態を意味します。映画用語としてのスプラッターは、刃物や鈍器、銃火器、あるいは超自然的な力によって人体が損壊し、鮮血や体液、肉片が画面いっぱいに撒き散らされる表現様式を指して定着しました。
この言葉が映画界で広く認知される決定打となったのは、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督が手掛けた1978年の傑作『ゾンビ(Dawn of the Dead)』です。当時の映画批評家や宣伝関係者が、それまでの古典的怪奇映画や心理サスペンスでは到底見られなかった、直接的かつ過剰な内臓露出・食人シーンを指して「スプラッター・フィルム」と呼称したことが発端とされています。
映画ファンが最も混同しやすいのが「スプラッターとスラッシャーの違い」です。この2つの概念は、着目している次元が根本的に異なります。
スラッシャー映画(Slasher Film)の語源は「slash(鋭利な刃物で深く切り裂く)」。その本質は「物語のプロット構造」にあります。仮面を被った謎の殺人鬼、人里離れたキャンプ場や廃墟、性や快楽に溺れる若者たちが順番に一人ずつ血祭りにあげられていくという、サスペンスやフーダニット(犯人当て)の形式を重んじるジャンルです。『13日の金曜日』や『ハロウィン』、『スクリーム』がその代表格に挙げられます。
一方のスプラッター映画(Splatter Film)は、物語の筋書きではなく「映像の描写深度とゴア表現の過剰さ」にアイデンティティを持ちます。たとえ連続殺人鬼が登場しなくても、悪霊による人体破壊(『死霊のはらわた』)や、生きた死体による捕食(『ゾンビ』)、あるいは医療実験による肉体異変(『ザ・フライ』)であっても、観客の眼前に損壊の生々しさを叩きつければ、それは紛れもなくスプラッターとして定義されます。つまり、スラッシャー映画の中で人体破壊描写が極端にエスカレートした作品は、「スラッシャー映画であり、かつスプラッター映画でもある」という重複関係が成り立ちます。