クマ外傷において、外科手術の成否を分ける影の支配者が「感染症」だ。クマの口腔内および鋭利な爪の間には、無数の病原微生物が潜んでいる。救急医学外傷初期対応のガイドラインにおいて、動物咬傷感染症対策が最重要視されるのはこのためだ。
検出される代表的な病原菌には、パスツレラ属菌(Pasteurella multocida等)やカプノサイトファーガ属菌(Capnocytophaga canimorsus等)がある。これらは人間組織に侵入すると、極めて短時間で蜂窩織炎や重篤な軟部組織感染症を引き起こす。さらに、山林の腐植土に含まれるクロストリジウム属などの嫌気性菌が創部深部に入り込むと、ガス壊疽や破傷風といった致死性の病態へと暗転するリスクを常に孕んでいる。
現場のER(救急救命室)で最初に行われるのは、麻酔下での容赦のない大量洗浄だ。創部1箇所につき数リットルから十数リットルの生理食塩水を用い、高圧パルス洗浄器などを駆使して土砂、体毛、壊死組織を徹底的に洗い流す。この徹底的なデブリードマン(壊死組織切除)が不十分なまま創部を塞いでしまえば、数日後には創内が膿で満たされ、移植した皮弁もろとも組織が融解してしまう。
感染の危機を脱し、骨と軟部組織の再建が成功した後も、患者には過酷なクマ被害後遺症が重くのしかかる。破壊された顔面神経の断裂による「顔面神経麻痺」は、表情の喪失だけでなく、閉眼不能(兎眼)による角膜潰瘍や、口角下垂による食事の流出など、日常生活の根幹を損なう。さらに、拘縮した瘢痕組織による開口障害、咀嚼機能不全、視力障害や複視(物が二重に見える)など、機能的障害は多岐にわたる。
そして見過ごすことができないのが、心に刻まれる外傷後ストレス障害(PTSD)だ。鏡を見るたびに突きつけられる変貌した自分の容貌、フラッシュバックする襲撃の恐怖、夜間の悪夢。医療チームには、形成外科医や救急医だけでなく、精神科医、臨床心理士、理学療法士が一体となった全人的なリハビリテーション支援が求められている。