明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏は本当に皇族?驚きの家系図と血統の真相

明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏は本当に皇族?驚きの家系図と血統の真相

明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏は本当に皇族?驚きの家系図と血統の真相とは一体何なのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

竹田恒泰氏の父親である竹田恆和(つねかず)氏は、戦後日本においてスポーツ界と財界で著名な足跡を残した人物です。1947年(昭和22年)のGHQ占領下において、11宮家51名が皇籍離脱を余儀なくされた際、恆和氏は皇籍離脱後に誕生(1947年11月生まれ)したため、生まれながらにして民間人(平民)としての戸籍を持ちます。

恆和氏は慶應義塾大学法学部を卒業後、馬術選手として1972年ミュンヘン、1976年モントリオールと2大会連続でオリンピックに出場しました。その後、指導者やスポーツ行政のトップへと進み、日本オリンピック委員会(JOC)会長を2001年から2019年まで18年間の長期にわたり歴任。2020年東京オリンピックの招致を成功させた立役者としても広く知られています。

旧皇族である竹田宮家の歴史を振り返ると、初代・恒久王は陸軍少将として活躍し、第2代・恒徳王(恒泰氏の祖父)は陸軍中佐を務めるとともに、戦後は日本スケート連盟会長やJOC会長、国際オリンピック委員会(IOC)委員を歴任しました。すなわち、竹田家は「旧皇族としての家格」と「近代日本のスポーツ振興における中核」という2つの大きな看板を受け継いできた家柄です。

現在、竹田恒泰氏自身には皇族としての法的身分や特権はありませんが、皇室行事や旧皇族の親睦団体である「菊栄親睦会」などを通じた皇室関係者との私的な交流や儀礼的な繋がりは今なお保持されています。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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