熊本が火の国と呼ばれる真相|阿蘇山と古代伝説の歴史を徹底解剖

熊本が火の国と呼ばれる真相|阿蘇山と古代伝説の歴史を徹底解剖

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古代の九州において、現在の熊本県および佐賀県・長崎県にまたがる広大な地域は「火国(ひのくに・肥国)」と呼ばれていました。『古事記』の国産み神話においても、筑紫島(九州)の4つの面の一つとして「火野別(ひのわけ)」の名が登場します。

『日本書紀』の景行天皇条には、決定的な命名エピソードが記録されています。第12代景行天皇が九州を巡幸した際、夜間の八代海(有明海南部)で船の進路を見失いかけました。その時、はるか彼方に揺らめく謎の火影を見つけ、それを目印に無事岸へ上陸することができたとされています。天皇が「あの火は何の火か」と地元の者に尋ねたところ、「誰が灯した火かわかりません」と答えたことから、その火を「不知火(しらぬい)」と呼び、その土地を「火国」と名付けたと記されています。

その後、7世紀後半から8世紀にかけての律令国家形成期において、全国の国名に縁起の良い二文字の漢字を当てる「好字令(こうじれい)」などの影響を受け、「火」から実り豊かな土地を意味する「肥」へと表記が改められました。さらに広大すぎた肥国は「肥前国(佐賀・長崎)」と「肥後国(熊本)」に分割され、明治の廃藩置県を経て現在の熊本県へと受け継がれました。漢字表記は「肥」に変わっても、その精神的ルーツである「ひのくに」の響きと誇りは、熊本の象徴として失われることはありませんでした。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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