1896年に開催された記念すべき近代五輪の第1回アテネ大会は、決して順風満帆な滑り出しではありませんでした。当時のギリシャは深刻な経済危機と財政難に直面しており、政府は開催を辞退しようとしました。しかし、初代IOC会長に就任したギリシャ出身の詩人デメトリウス・ヴィケラスの奔走と、富豪ゲオルギオス・アヴェロフからの巨額寄付、さらには世界初の記念切手発行などによって奇跡的に開催へと漕ぎ着けた経緯があります。
第1回大会から130年近くが経過した現在、五輪の規模、参加国数、財政構造は劇的な変貌を遂げました。歴史的節目となった大会のデータを比較すると、その肥大化と構造変化の実態が鮮明に浮かび上がります。
データが示す通り、近代五輪はわずか14カ国・200名余りの小さな大会から、全世界の200を超える国と地域が参画する超メガイベントへと成長しました。一方で、開催規模の爆発的な拡大は、開催都市の財政圧迫という現代の深刻な構造課題を生み出す契機にもなっています。