はまぐりのお吸い物が、ひな祭り(桃の節句)やお食い初めといった人生の節目を祝う席に欠かせない料理として定着したのには、貝の構造に根ざした明確な理由があります。
はまぐりの貝殻は、「対(つい)になっている片側の殻以外とは、決してピッタリと合わさることがない」という独特の物理的特徴を持っています。どれほど形や大きさが似通っている他の個体の殻であっても、蝶番の凹凸やかみ合わせのカーブがミリ単位で異なるため、隙間なく合致することは絶対にありません。
この性質から、古来日本では蛤が「生涯ただ一人の伴侶と固い絆で結ばれ、添い遂げる」という夫婦円満・良縁祈願の象徴として重宝されてきました。平安時代には、対になる雅な貝殻を探し当てる貴族の風雅な遊び「貝合わせ」や、雅楽や百人一首を描いた「貝覆い(かいおおい)」が大流行し、のちには大名家の姫君が輿入れする際の最も格式高い嫁入り道具として貝桶が持参されるようになります。
ひな祭りに蛤をいただく習慣には、「将来、娘が良いご縁に恵まれ、幸せな結婚生活を送れますように」という親心からの祈りが込められています。また、赤ちゃんの生後100日前後に行われる「お食い初め」の祝い膳においては、将来の良縁祈願に加え、丈夫な歯が生えることを願う歯固め、そして「一生食べることに困らないように」という健やかな成長への願いが、その一杯に託されているのです。