「そもそもカレーとは何か」という問いに対し、インド現地には本来「カレー」という名前の料理は存在しません。タミル語で「具」「汁」「おかず」を意味する「カリ(Kari)」、あるいはスパイスで味付けされた肉や野菜の煮込みを指す言葉が、16世紀以降に進出したポルトガル人やイギリス東洋艦隊の記録者によって総称として転化されたことが、現在に至る歴史の起点です。
決定的な転換点となったのは、18世紀後半に英国東インド会社の初代ベンガル総督ウォーレン・ヘースティングズがイギリス本国にスパイス配合の調味料を持ち帰った出来事でした。その後、19世紀初頭にイギリスのC&B(クロス・アンド・ブラックウェル)社が世界初の市販カレー粉「デュラム・パウダー」を開発・量産化したことで、スパイス調合の専門知識を持たない西洋社会の家庭や軍隊でも手軽に「カレーの風味」を再現できるようになりました。
さらに興味深いのは、旧宗主国イギリスの国民食となったチキンティッカマサラの誕生劇です。1970年代のスコットランド・グラスゴーのインド・パキスタン系レストランにおいて、「タンドール窯で焼いたチキンティッカがパサついている」という客の苦情に対し、シェフがキャンベルの缶入りトマトスープとスパイス、クリームを即興で合わせて煮込んだのが始まりとされています。移民の知恵と現地の嗜好が融合したこのハイブリッド料理は、現在では英国王室御用達のパブから世界中のダイナーへと逆輸出される文化的一大潮流となりました。