古葉竹識(こば・たけし)氏は1936年、熊本県に生まれました。済々黌高校から専修大学、社会人野球の日鉄二幡を経て、1958年に広島カープへ入団。現役時代は俊足巧打の内野手として活躍し、通算盗塁王2回(1964年・1968年)を獲得するなど、自らグラウンドでスピード野球を体現しました。1970年に南海ホークスへ移籍し、名捕手・野村克也氏のプレイングマネージャーのもとでプレーした経験が、のちに開花する「ID野球」や緻密な戦術眼の土台となったことは広く知られています。
現役引退後、南海のコーチを経て広島へ復帰。1975年5月、開幕直後に突如辞任したジョー・ルーツ監督の後を受け、弱冠39歳の若さで監督に就任しました。ルーツ監督が導入したチームカラーの「赤ヘル」を引き継ぎ、選手たちの闘争心に火をつけた古葉監督は、球団創設26年目にして初のリーグ優勝を達成。広島の街を歓喜で染め上げたこの快進撃こそが、今なお語り草となっている「赤ヘル旋風」です。