悪役商会が旗揚げされたのは1983年のことです。当時、東映の映画黄金期を経てフリーとなった八名信夫が自ら劇団兼事務所を立ち上げた背景には、映画界の構造的な問題に対する強い義憤がありました。
昭和の撮影現場において、悪役や斬られ役、スタントをこなす俳優たちの待遇は極めて過酷でした。主役を引き立てるために泥水をすすり、高い崖から飛び降り、激しい立ち回りで生傷が絶えないにもかかわらず、ギャランティは主役の足元にも及ばず、怪我をすれば即座に代役が立てられる使い捨ての環境が常態化していたのです。
東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の投手からピッチャーライナーによる負傷で引退を余儀なくされ、映画界に転身した八名信夫は、挫折の痛みと裏方の苦労を骨の髄まで知っていました。「体を張って作品を支えている悪役俳優たちが、胸を張って飯を食える場所を作りたい」――その一念から、悪役商会という看板を掲げ、バラエティ番組や地方巡業、商業演劇へと活路を切り開いていったのです。