もともとは関西ローカルの口語表現だった「必死のパッチ」が、全国的な知名度を獲得した最大のきっかけはプロ野球・阪神タイガースのヒーローインタビューでした。
2000年代、チームを支えた正捕手の矢野燿大選手(のちの阪神タイガース監督)が、劇的な勝利を収めた試合後のお立ち台で「明日も必死のパッチで頑張ります!」と叫んだシーンがファンの心を強烈に掴みました。甲子園球場の大歓声とともにメディアを通じて全国へ放映され、関連グッズが発売されるほどの一大ブームへ発展した経緯があります。
過酷なペナントレースを戦い抜くプロアスリートの真剣勝負と、親しみやすい関西弁のギャップが完璧にマッチし、スポーツファンのみならず一般層にも広く浸透する決定打となりました。