放送終了から長い年月が経った現在、ネット上やSNSでは「ザ・ベストテンはやらせだったのではないか」「特定の芸能事務所と癒着していたのではないか」といった根拠のない臆測が散見されます。しかし、当時の一次資料や関係者の証言を丹念に検証すると、実態はその正反対でした。
番組が貫いた鉄則は、「出演を断られても、ランクインした以上は必ず順位を発表する」というジャーナリズム精神です。当時、ニューミュージック系の重鎮であった松任谷由実、中島みゆき、矢沢永吉、山下達郎、オフコース、井上陽水などは、番組の出演依頼を頑なに固辞し続けました。他局の歌番組であれば、出演しない歌手の曲はランキングから除外するか、番組自体で扱わないのが業界の慣例でした。
しかし『ザ・ベストテン』は、出演拒否された場合でも「今週の〇位はオフコースですが、残念ながらご出演いただけません」と黒柳徹子が公明正大に宣言し、スタジオにレコードジャケットやアーティストの写真を掲げて楽曲をそのまま紹介しました。時には久米宏が「なぜ出てくれないんでしょうね」と生放送で率直に疑問を投げかけることすらありました。
この忖度のなさが芸能界に緊張感を生み、視聴者からの絶大な信頼を勝ち取る防波堤となったのです。「順位操作があった」という噂は完全な誤解であり、むしろ事務所の圧力を突っぱねて事実を公表し続けた姿勢こそが、番組を唯一無二の存在たらしめた本質でした。