紅白歌合戦の歴史を視聴率の推移とともに振り返ると、日本社会のテレビ受像機とお茶の間の関係性の変化が克明に浮かび上がります。ビデオリサーチによる機械式視聴率測定が本格化した1960年代、紅白は文字通りの「お化け番組」として君臨していました。
歴代最高を記録したのは、1963年(第14回)の世帯81.4%です。当時は東京五輪の前年であり、一家に一台のテレビを囲んで全員で同じ歌を聴くという、単一の国民的体験が成立していた時代でした。その後、1980年代半ばまで60〜70%台という驚異的な数字を維持し続けます。
大きな転換点となったのが1989年(第40回)です。この年から放送枠が「第1部」(前半戦)と「第2部」(後半戦)に分割され、現在に至る2部制が定着しました。1990年代後半には、社会現象となった安室奈美恵さんの産休復帰(1998年・第49回)で第2部が57.2%を記録するなど猛烈な盛り上がりを見せましたが、2000年代以降は徐々に40%台前半へと逓減していきました。
ビデオリサーチが2020年から関東地区および各地区で「個人視聴率」の公表を本格化させたことで、世帯視聴率だけでなく「実際に誰がどれだけ見ていたか」が可視化されるようになりました。2023年には第2部世帯が31.9%と歴代ワーストを記録したものの、2025年の第76回では巧みな世代間バランスの再構築により、瞬間最高40.7%と底打ち・反転の兆しを見せています。