成宮寛貴(本名:平宮博重)の幼少期は、決して恵まれたものではなかった。両親の離婚を経て、母親の手ひとつで育てられていたが、彼がわずか14歳のときにその母親が突然帰らぬ人となる。遺されたのは、中学生だった彼と、まだ幼い弟だけだった。身寄りを失った過酷な状況のなかで、彼は「自分が弟を育てる」という壮絶な決断を下す。
高校進学を諦めた彼は、すぐさま社会に出て働き始めた。引っ越し屋をはじめとする日雇い労働を掛け持ちし、朝から晩まで汗を流して生活費を稼いだ。自分はろくなものを食べられずとも、弟には毎日温かい弁当を持たせ、学業に専念できる環境を必死に整えたのだ。「弟には自分と同じ思いをさせたくない」「惨めな思いをさせずに大学まで進学させたい」という一心で耐え抜いた青春時代は、まさに魂を削るような日々だった。