世界5分前仮説のエッセンスは、フィクションや現代物理学の最前線にも色濃く影を落としています。
日本のサブカルチャーにおいてこの概念を一躍有名にしたのが、ライトノベルおよびアニメで社会現象となった『涼宮ハルヒの憂鬱』です。作中で主人公のキョンが、現実改変能力を持つヒロイン・涼宮ハルヒの力に触れる際、世界5分前仮説を引用して自身のアイデンティティや過去の連続性に疑問を抱く印象的なモノローグが描かれました。日常が根底から覆る不条理さを説明するアイコンとして、若い世代の記憶に強く刻まれる契機となっています。
さらに哲学や物理学では、より洗練された派生モデルが議論され続けています。
哲学者ヒラリー・パトナムが提唱した水槽の脳(Brain in a vat)は、「自分は肉体を持った人間ではなく、水槽に浮かんだ脳であり、電極から送られる電気信号によって仮想の日常を体験させられているだけではないか」という思考実験です。映画『マトリックス』の世界観のベースにもなりました。
さらに恐ろしいのが、熱力学や統計力学の観点から導き出されるボルツマン脳(Boltzmann brain)という概念です。広大な宇宙において、何百億年ものランダムな熱ゆらぎの中で、無機物の粒子が偶然結びついて「過去の記憶を持った単一の脳」が真空中にポッと出現する確率は極めて低いものの、数学的にはゼロではありません。宇宙全体が整然と進化してきた確率よりも、ゆらぎによって今この瞬間に脳が1つだけ生み出され、5分後に消滅する確率の方が統計的に高いのではないかという、物理学者たちを悩ませる難問です。